2012/02/20

浅草彫長の刺青の話 二題

先日、古本屋で購入した、刺青の彫り師、浅草彫長こと中野長四郎のエッセイ集「刺青に生きる」には、彼が彫ったり、あるいは交流を持った刺青を入れた人達のエピソードがたくさん紹介されている。その中から僕の興味を惹いたエピソードを二つとりあげてみる。

一つ目はある刺青マニアの話。これだけでお話になりそうな非常に気になる人物。

 怪人というのは、ノーマルな人間からは想像もつかない奇行を演じる。この種の人にとって、刺青はヤクザがユニフォーム代わりに彫ったり、カタギが勇み肌を祭り御輿に自慢するために彫るのとは、少し趣を異にしている。刺青そのものが、セックスと深い関わりをもっているのである。痛いとか痒いとかの世界とは無縁なのだ。

 神奈川の大前さん。柔道四段、日大芸術学部卒の偉丈夫。学生時代から刺青を彫り、丸首シャツに柔道着という変わったスタイル。刺青を見られては困るので、すべて勝負は間髪を入れない一発勝負のみ、強かったが、柔道一代より刺青一代を選んだ。俳優もやった。プロダクションの用心棒、劇場支配人など、キャリアも豊富である。

 大前氏の刺青は、大正・昭和を通じての日本彫師の作品を一身に集めている。まさに、現在の刺青人間の貴重文化財的存在である。しかし、彼の刺青で一番の見どころは、ペニス全体から両袋に至るすべてを余す所なく彫物で埋めていることである。また、青チンクラブといって、ペニスに刺青を彫った人達の集まりの主催者でもある。この会には、現在ベテラン俳優で活躍中の人や作家とか画家も名を連ねている。世の中は、不思議なクラブもあるものである。

 彼のもう一つの自慢は、尻の穴を開いてしか観察することができない蛇の刺青があることである。これだけは普通、めったに人が拝めるものではない。誰が彫ったかはどうしても話してくれなかったが、彫師は故人という。尻の穴を開いた奥に、鉛筆伝いの大きさの蛇が見えかくれする。

 この怪人は、いかめしい風貌からは想像できないが、二刀流の達人であることも有名で、二刀流を伝授された芸能人も多い。尻の穴にほっているわけもうなずける。

 自分自身に彫る年ではないことを悟った時、武蔵は刀を捨て針を握った。しして、今、神奈川県の某所で、尻の穴ならぬ、肌を彫る仕事に手を染めている。

「刺青に生きる」浅草彫長 中野長四郎著 日新報道 1988 より

 

この尻の穴の刺青というのは、肛門の周囲を取り巻くように彫られたものなのだろうか? あと、「青チンクラブ」というのも気になる。未読だが、推理小説家 高木彬光の短編に「青チンさん」という陰茎に刺青を入れた男の話があって、この作品の別名が「青チン倶楽部」らしい。高木彬光はデビュー作からして「刺青殺人事件」であるし、文中で触れられている青チンクラブに所属する作家というのは高木彬光のことだったりして。

こちらは、怪談話にでもありそうな話。

 栃木から通っていた客がいた。この磯という中年の男は、変わった注文をつけた。ある古寺に秘蔵されていた幽霊の絵を写真に撮らせてもらったといって一枚の写真を見せ、この幽霊を彫ってくれというのであった。白い衣をまとった怨念のこもった女の顔は、それこそ気味が悪く凄惨であった。やめるように説得したが、言ってきくような人ではなかった。

 あまり気のりはしなかったが、迫力で負けたくないという気負いも手伝って、写真にできるだけ忠実に、実際の作品の出来栄えも鬼気迫るものであった。満足げに仕上がりを鏡に映してみて、磯も帰って行った。

 数か月後、磯から電話があった。お願いがある、という。

 約束の日に現れた磯の話を聞くと、夢の中にまで背中の幽霊が迫ってくるし、女には恐い恐いといって逃げられるし、知人からは幽霊だのお化けだのといわれて困っている、というのである。「もともと自分が悪いのだが、なんとかなりませんか」と、無理な相談である。恐くない幽霊に彫り直すのは私のプライドが許さないし、考えた末に、では、「南無阿弥陀仏」と彫って供養してもらったらと提案した。もちろん、彼は反対するわけはない。ほっとした様子で、お経を彫って帰って行った。

刺青に生きる」浅草彫長 中野長四郎著 日新報道 1988 より

 
中野 長四郎
日新報道 ( 1988-03 )
ISBN: 9784817401939

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