2012/02/14

徳川夢声 - 「カリガリ博士」説明文句

岩波同時代ライブラリー「活辯時代」御園京平+みそこコレクション著 1990 より、1920年代ドイツ表現主義を代表する映画「カリガリ博士」(原題:Das Kabinett des Doktor Caligari ローベルト・ヴィーネ監督)の日本公開時つけられた徳川夢声による説明文句。

徳川夢声「カリガリ博士」

 老人は棺のような箱に近づき、扉を左右に開く。なるほど、中には人間が一人、ほとんど棺一杯になって立っている。黒いタイツをピタリと身につけた痩せ細ったミイラみたいな男である。両眼をつぶっているから、死骸みたいな感じでもある。

 老人は右手に持った短い銀色の棒を、ものものしく動かすと、セザレの両手がノロノロと肘のところから前に曲がって、棒の動きにつれて目をつむったまま、箱を出て前へ歩き出した。棒で止まれという形をすると、セザレは立ちどまり、曲げた両手を真直ぐにおろした。

 「セザレ、セザレよ、わしは汝の支配者カリガリ博士じゃ、今こそ目ざめよ、目ざめよ」

 するとセザレのまつげがブルブル震える。目を細く開く、キラリと光る。その細い目が少しずつ開く。うわァー 大きな目玉だ!

 「エーこの通りセザレは目をさました。さてこのセザレはな、未来を見透かしますよね。皆様の中に何か占って欲しいお方はありませんか? あなた如何です」

 すると、アランが声をかけた。

 「あの、僕ね、文学で身を立てたいと思うんだが、どうだろう、見込はあるかい」

 セザレの目がギラリと光って、アランの方に向く。しばらくにらんでいたが

 「だめだ、お前は明日の朝死んでいる」

 「ええっ、そんな馬鹿な!」

 翌朝アランは下宿のベッドで、血だらけになって死んでいた。犯人は窓から忍び入って、鋭利な刃物で滅多つきに惨殺したのであろう。ところが、同じような手口で、町役場の書記が前夜殺されている。ホルシテンワールという平和な町が、たちまち恐怖の町を化した。警察は全力をつくして犯人をつきとめようとしたが、なんとも見当がつかない。

「活辯時代」御園京平+みそこコレクション著 岩波同時代ライブラリー 1990


YouTube : The Cabinet of Dr. Caligari (1920) - Full Movie

Wikipedia : 徳川夢声 / カリガリ博士


以下、完全な余談。

同書に出てくる、明治末、未だ常設の劇場が少なくフィルムや映写機といった機材一式をかかえて各地を巡業して映画上映を行っていた活動巡業隊の一つ、駒田巡業隊を率いた駒田好洋(日本初の劇映画の製作で知られている)という辯士が面白い。駒田の口癖に「頗る(すこぶる)非常」というのがあって、自ら「天上天下唯我独尊頗る非常大博士」と名乗り、次のような感じで口上を述べていたらしい。

頗る非常な御入来に、頗る非常に有難い仕合せ、頗る非常に一同大満悦、頗る非常に厚礼を申述べてくれと、頗る非常に頼みますので頗る非常にお礼を、頗る非常に申上げる次第でございます

Wikipedia : 駒田好洋

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