2012/01/14

座談会 澁澤龍彦の神髄 - 死んで澁澤、黒こげの《もの》になる

澁澤龍彦

新評社から1973年に刊行された「別冊新評 澁澤龍彦の世界」より、評論家の中田耕治を司会者に種村季弘、高橋たか子、四谷シモンによる澁澤龍彦をテーマにした座談会「澁澤龍彦の神髄」の一部を取り上げる。出席者の高橋たか子は作家高橋和巳の妻(この座談会の時点ですでに高橋和巳は死亡してる)で自身も作家であった人。

座談会の内容は多岐にわたっているけれど、とりあげるのは四谷シモンによる「澁澤龍彦の死」への妄想を語る部分。何だろう? 終盤のタキシード云々の件とか完全に乙女という感じ。澁澤龍彦のこと好き過ぎるだろう。

「座談会 澁澤龍彦の神髄」

司会:中田耕治(評論家)
出席者:種村季弘(評論家)、高橋たか子(作家)、四谷シモン(人形師)

■ 死んで澁澤、黒こげの《もの》になる

四谷シモン(以下四谷): それで……澁澤さんが死ぬことを考えたいですね。やっぱり。いつも、死ぬな、死ぬなということをいってますから、自分で。
(この四谷さんのいった「死ぬな、死ぬな」ということばは、禁止ではなく、「死ぬだろう」という予感のニュアンスがあった。—中田注)
 酔うともうすぐ死ぬんじゃないかとか、そんなふうに……。あの人は痛いことがきらいな人でしょう。医者も嫌いだし、注射もきらいですし、自殺をしないと思うんです。間違ってもそういうことはしないでしょうね。僕は発疹チフスみたいな、(笑い)体にぶつぶついっぱいできて、あっけなく病気で死んじゃうようなね、相当高熱でね。

中田耕治(以下中田): それじゃあチェーザレ・ボルジアや平清盛みたいだ。(笑い)

四谷: なんかそんなような気がするんですよ。老衰というふうにはちょっと考えられない。病気でいうと、なんかすごい……ぽつぽつが体中にできてね。ここに一発あるでしょう。鼻のところにね。この一発がなんかすごく広がる……。(笑い)いぼみたいなのがさ。

高橋たか子(以下高橋): それは四谷さんの願望じゃないんですか。せいぜいすさまじく死んでほしいという。

四谷: そうですね。けっきょく。ただ、二、三日一つの話題になって終わってしまう死に方では困るんですよ、あの人の場合。三島さんのようなやり方ではたぶん死なないけど。特殊な死に方ですね。スタイルですよ。

中田: すごい話題になったなあ。澁澤さんが死ぬことをお考えになっているというか、死を意識していらっしゃる、それはぼくにも分かりますね。

四谷: いつも考えているようですよ。

種村季弘(以下種村): 考えているでしょうね。

中田: 死の問題は、誰にとってっも非常に重大なことですよ。ただふきでものが出るような死に見舞われるかどうか分かりませんけど。

高橋: そのふきでものね、澁澤さんの死にざまのことを、もうちょっとリアリスティックにいって頂きましょうか。(笑い)

四谷: 徐々に兆候が現れてくるというんじゃなくて、ある日突然いっきょにばーっとふき出してくるというようなね。

高橋: 醜悪になるんですか?

四谷: 醜悪というか、真黒になっちゃうんじゃないかな。ぼく見たことないから想像するんでね。(笑い)それはペストみたいなもの。ペストってふきでもの出るのかしら?

種村: 肉体に花が咲くみたいな?

四谷: 花が咲くっていうか、いっぺんにわーっとなるでしょうね。最初ふきでものが全身に出るわけだから。それが相当苦しいわけでしょうね。その苦しいはちょっとかわいそうだけど、医者も手をつけられないくらいだから……。それでつめたいものを欲しがるんじゃあないかと思いますね。

高橋: その時に四谷さんは水を差し上げるわけね。

四谷: いやそうじゃあないんです。ぼくはじーっと見ていたいですね。

高橋: それは澁澤さんに対して、かなりサディスティックね。(笑い)

四谷: だんだん顔も何もかも……、あの人きれいな顔してるでしょう……。顔みてるとだんだん容体が変わってきて、どす黒くなってくるんですよね。こわいね、そういうことは。よくないことですね。それはかわいそうだな。

高橋: それは痛むんですか?

四谷: 痛みは、ぼく、ないと思うんですよ。ただ熱があって、つめたいものをさわるとか、そういう感覚がほしいんじゃないかと思いますね。水を飲むと死ぬんじゃあないかと思う病気だけど、でも口の中に入れてやると飲んじゃうでしょうね、あの人は。飲んじゃあいけないといわれてるけど、がばがば飲んじゃう。(笑い)そうすると病気がどんどんどんどん進行するわけです。二、三日で死んじゃうでしょうね。その二、三日が相当苦しくて……、なんかパッと……。(笑い)そんなようなね……。

 足りないですか? もっとなんか。

高橋: パーンと破裂するんですか、最後に。

四谷: 破裂はしないですね。消しずみみたいにカリカリになっちゃうんです。水分がなくなって、そうすると人間の体みたいのがいくらか残るわけです。

高橋: 高熱で乾燥しちゃうのね。

四谷: 黒こげで乾燥した……。

高橋: 物質になる。

四谷: 《もの》ですよ。

高橋: そうすると澁澤龍彦というオブジェができあがるわけですね。

四谷: 完全に物が——ミイラじゃあないですよ——黒こげのカリッカリッのものができあがって……。

高橋: そのオブジェをどうするんですか?

四谷: どうしますかねえ。コロッコロッといわせると、外側の何枚かがパラッと落ちてきて、目も真っ黒で、骨の中がかすかすというか固いものでなくて、さんまの骨なんかこうよく焼いて(笑い)カリッカリッと食ったけど、そういう感じがするんだけど。(笑い)

高橋: そのオブジェをどこに置くのが一番ふさわしいでしょうね。

四谷: 現実的にはお墓になっちゃうでしょうけど、実際は鎌倉の家におく……、というわけにもいかないでしょうねえ。

種村: 一番ふさわしいとこは、博物館。

四谷: 真綿でくるんで、(笑い)ぼくね、あの人、かいことまゆという気がしてならないんですよ。あの人色が真っ白いでしょう。で、あの人の一番似合うのは、どうしてもタキシードという気がするんですよ。新品のタキシードをピシッと着て、なんかまゆみたいな。もう冒すことはいけないんですよ。まゆの中というのは、神秘的なもんだから。そういう中にタキシードを着たまんま寝てることが、一番いいんじゃないかっていうね。なんにもしなくていいんですよ。そうなってもらいたいなあ。澁澤さんタキシード持ってるか
どうか分かんないけど(笑い)一回澁澤さんがタキシードをピシッと着て……。どこにいったらいいのかなあ。やっぱりシャンペンとか……、あぶくがパチパチというでしょう。そういうの、あの人合うんじゃあないの。そういう場所にタキシード着て……。一回そういうところに一緒に行きたいねえ。

高橋: 澁澤さんは喜ばれるんじゃあないかしら、そういう死にざまを想像してくれる人がいるということを。死んでオブジェになることは理想的ですよねえ。

四谷: どうなんでしょう。形として残りたい……、どうでもいいんでしょうけど、澁澤さんにとっちゃあ。

「座談会 澁澤龍彦の神髄」より
「別冊新評 澁澤龍彦の世界」新評社 1973  所収

Wikipedia : 澁澤龍彦 / 中田耕治 / 種村季弘 / 高橋たか子 / 四谷シモン

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