2012/01/14

オナラ一発で三人後追い片瀬心中

古本屋で買った、加藤美希雄という元新聞記者が書いた「愛と死・そのふたり」(清風書房 1968)という明治・大正・昭和の心中事件についた読み物を読んでいたら、結婚翌日の花嫁がふと漏らしていまった一発のおならが原因で3人の人間が自殺するという明治期に発生した悲惨な事件が紹介されていたので転記。

おならが原因で自殺という現代からすると笑い話になってしまいそうな悲劇から、自殺した花嫁の首を切断、放屁した花嫁を笑った仲人のもとに送りつけると後半は猟奇的展開になる話であるが、著者の加藤美希雄の文章は終始ふざけた文体で深刻さに欠けるのがなんだかおかしい。

オナラ一発で三人後追い片瀬心中

散りて匂いも立田川

神奈川県江ノ島の漁夫、松本作兵衛の娘に、おとらという美人がいた。

近くの片瀬村の寅次というものが仲人になり、同村の富農森田安右衛門のせがれ安次郎と見合い、二人ともOKというので、結納もとりかわし、明治八年六月九日夜、めでたく結婚した。

翌日——。

新婦のおとらは、土地の風習にしたがい家紋付きの親類の黙兵衛爺、左五右衛門伯父と同道、仲人の寅次の家にゆき、

「このたびは、ほんとうに、いろいろとありがとうございました。」

「万事、都合よくいきまして……」

と、一同が礼をいったとき、どういう具合だったのか、おとらは、豚の鳴き声みたいな低音を一発、放ってしまった。

要するに、緊張のあまり空気がとび出してしまったのだろう。

結婚翌日の花嫁にしては、不覚の一発。

”ハッと赤らむ初紅葉、散りて匂いも立田川、芳野の花もこの嵐には、飛曲るべき景況に、淳朴育ちの花嫁は、主人の手前親類の思わんほども恥ずかしくさし俯向いていた”

と、明治八年六月二十三日の東京曙新聞(第五百六号)のメイ文はつたえる。

ふだんだったならば、自分も仲人した花嫁のことだし、寅次の女房、おくめも苦笑ですませたかもしれないが、なにしろ、このあたりきっての毒舌家。思わず日ごろの毒舌がムラムラ……。

「おやまあ、これは、これは……。初めてのおいでに、なによりのお土産をいただき、ほんとにクサク入りますわ、おとらさん」

とやった。

おとらは、羞恥心で顔もあげられない。

みるにみかねて、寅次が、

「家内は、ゆうべの披露宴で少し飲みすぎ、二日酔いらしいので、いまいったことは気にしなさんな」

うまく、とりなしてくれたので、その場はおさまったが、家にもどっても心やすまらない。

(きっと、おくめの奴は、きょうのあたしの失敗をほうぼうにいって喋るにちがいないわ)

とうとう、頭が痛くなり、

「風邪ひいたわ」

と、寝てしまった。

そんな一幕があったとは知らない新夫の安次郎。

(ゆうべ貰った花嫁が風邪とはどうもうまくねえ。どりゃ、薬を飲ますべい)

と、火鉢の引き出しをかきまわし、風邪薬の葛根湯を作った。

そこで、早速、おとらの寝ている部屋へいき、

「薬ができたよ、おとら」

というが、答えがない。

(どうしたのだ、眠ってるのか)

枕のそばにくると、あたりは血みどろ。

びっくりして、掛け布団をとれば、あわれや、おとらは、剃刀をもって喉を切り、自殺していた。

安次郎は、腰がぬけるほどおどろいた。

ゆうべ結婚した花嫁が、翌朝自殺をとげる……これは、びっくりしないほうがおかしい。

(何が原因なのか)思っていると、遺書がみつかった。

首切りおとし送る

あわててひらいてみると、きょうの一発事件が書いてあり、

「ほんの一時の過ちながら、女子の身に、あろうことか、あるまいことか、面目なや。人の笑いとなりし身は、ふたたび、わが夫に逢いまいらするも世に恥かしくそうらえば、ここに命を捨て小舟、かいなき契りもかの岸で……」

はじめて原因のわかった安次郎は、怒った。

(おくめの奴さえ黙っていてくれたら、おとらは死にはしなかった。畜生、この恨みをはらしてやる)

おとらの首を切りおとし、その遺書とともにおくめのところへ送りつけた。

無念の形相も、もの凄いおとらの首にびっくりしたおくめ、恐怖に逆上して、

「あたしゃ、死んで、おとらさんにわびるよ」

と、これまた剃刀で喉かき切って自害してしまった。

これをきいた安次郎。

(何も、死んでまで詫びろといって首を送ったんじゃねえ。おとらも死んだ。俺はもうこの世に望みもない。妻も、死出の旅路の麓路でさぞ俺を待ってるだろう。未来は一蓮托生助けてたべや阿弥陀仏……)

と、下らぬことを夕汐に、身を投げて死んでしまった。

一発のオナラが生んだ、一種の後追い心中だが、三人分を瞬くうちに奪ったのだから、オナラも怖い。

そこで、ある人が、

行たいは尻筒それた一発が
   三人殺すとんだ屁の玉

とよんで、三人の死を弔ったと、”大阪錦絵新聞(第五十五号)にも報道されているくらいだから、この事件は大きな事件であったことがわかる。

「愛と死。そのふたり」加藤美希雄著 清風書房 1968年 より

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